筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の回復に向けて

慢性疲労症候群と診断された私の体験談。

経過と壁。

 専門医の診察を受けるようになって、約10ヶ月後には自宅での生活には支障なく過ごせるようになっていました。

私の症状で一番先に消えたのは、リンパの腫れでした。

その後まる3ヶ月位で、そういえば最近背中が痛くないと気付き、喉の痛みもいつの間にか消えていました。

専門医に言われた通りに、2ヶ月前の状態と比べるようにしていると

『そういえば〇〇の症状を感じなくなってる。』と気付く…そんなパターンでした。

自宅での生活には支障を感じなくなったので、自分では『これだったらパートか、時短のアルバイト位は出来るんじゃない?』と思っていました。

日常生活を送れるようなると、欲が出てくるといいうかやっぱり社会復帰したいのです

 

「最近社会復帰の事を考えてるんですけど…。仕事しなくなって1年以上経つし…。」

専門医は

「この病気の特徴はね、翌日に疲れが出るって事でしょ? 

なかなか難しいけど、毎日少~しずつ負荷をかけて体力を付けていくようにしてみたら? 

これは一般的なリハビリの様に、何をどれだけという様なメニューを作ってすればいい、というものじゃないからね。自分で加減しながらね。」 

『ふむふむ…。じゃ、とりあえず毎日1㎞~2㎞歩いてみようかな。

それ位なら出来るわ。自宅から一番近いスーパーが片道500m位だから丁度いいわ。』

そう思って毎日買い物に歩いて行く事にしました。

 

一日目、二日目…『全然大丈夫。』

三日目…『距離増やしてもいいよね。』

四日目の朝…『しんどい…疲労感が出てる…。何で?何でなん‼』

たった1㎞。仕事して更に歩いた訳じゃない。

家に居るだけ、何もしてない人がたった1㎞を三日しか歩けない…。

『あかんやん。全然あかんやん!社会復帰なんて全然程遠いやん!』

よくよく考えてみると、日常生活に支障がないのは、支障が出ない様に生活しているからなんです。

毎日しているのは洗濯くらいで、掃除は隔日。

それも気になる所だけで隅から隅までではありません。

食事の用意も成人ばかりの世帯ですから、朝は菓子パンとコーヒー、ご飯に納豆など各々で済ませてくれてます。

昼食は基本私だけですので、軽く済ませるか、都合が合えば友人を誘ってランチに出掛けます。

夕食は週の半分を夫がしてくれています。

たまにお出掛けをした翌日は、ほぼほぼ家から出ずに過ごしてます。

活動レベルを低~くしているから、支障がない。

疲労感が出てもゆっくり休める環境に居るから回復しているのです。

それをすっかり忘れて、治ったかのように思っていただけでした。

 

リハビリを始めて改めて、自分はME/CFSなんだ、難病なんだ、治らないんだ、

なんか勘違いしてた、良くなったって浮かれてた…と思い知らされた気がしました。

だってね、それが当たり前になっていたからすっかり気にならくなっていたのですが、睡眠障害はずっと続いてるんです。

不眠は薬で調節出来るので頻度も減っているのですが、過眠に偏っているんです。

予定外の事、例えば親が入院したので、自分の予定プラス送り迎えをしたとか、

留守中の実家の用事をした等の翌日は昼寝もしているんです…。

社会復帰は無理って気付けよ!

家事もまともに出来ない、パートやアルバイトすら出来ない。

そんなの犬や猫と変わらない、社会どころか家族にも貢献出来ていない…。

こんなんで生きていて良いの?生きている意味ある?

それでも思い出して?1年前は歩いてスーパーに行く事も出来なかったのよ?

ただただ横になってるしかなかったのよ?

それを考えれば随分良くなってるじゃない。

1年よ、1年。1年掛ってこの程度。

これからもっと良くなる?今が良い状態のMAXなのかも知れないじゃん。

出来ない事に目を向けるんじゃなくて、出来る事に目を向けようよ。

 

自分で自分にどれ程言い聞かせても、全然ポジティブに思えなくて、

心は暗闇に入って行きました。

1年という節目の言葉が、この時の私には重かったです。

暗闇から抜け出すのに、3ヶ月掛かりました。 

 

 


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